消えたステンドグラス事件 壱

とんでもなく晴れた日曜日になった。
電車とバスを乗り継いで二時間半。都会から少し外れたところにあるその教会は、ひっそりとした場所にあったが周りは人で賑わっていた。
つい先日、この教会のステンドグラスの前で愛を誓うと、その恋人たちは永遠に結ばれる……なんて女子高生が好きそうな内容をテレビでやっていたばかりだ。きっと普段より人が多いに違いない。
ツアー観光客もいれば、教会の近くでやっているイベントに来ているだけの人もいる。兎に角晴れた日曜日に相応しい賑わい方をしているその場に、木野宮と宮山は立っていた。
「教会!楽しみだねみやまくん!」
「そうだねえ」
「あ!見て!屋台!屋台だよみやまくん!手作りジュースだって!」
「きのちゃんって好きな飲み物なんだっけ」
「カツ丼!!!」
「うーん……」
知能指数、上がる傾向なし。
昨日なんてワクワクしすぎて眠れない!と言った五分後に寝ていたけれど、多分寝る子は育つ、っていうのは嘘だと思う。
バス停を後にし、冷たい空気を吸い込みながら都会の匂いとはまた違うそれを味わう。結構いい気分転換になるかもしれない。
思いながらもアチコチに動き回ろうとする木野宮の襟首を引っ張って、宮山は溜息を吐いた。
前言撤回。リードでも持って来ればよかった。
「みやまくん、教会の見学受付があるよ」
「ああ……少人数制で入るんだっけ」
「待つかなあ?」
「どうだろう。昼前だからみんなお昼ご飯に行く頃じゃないか」
「確かに!じゃあ今のうちに名前を書きに行くぞい!」
「あんまりはしゃぐと転びますよ、センセ」
言っても聞かない木野宮は走って受付の方へと向かって行く。それを走らずに追いかけながら、宮間もまた受付へと向かった。
受付の列へ並ぶ。そこまで多くはないようだ。男女が多いところを見るとやはりデートスポットらしいが、気にせず宮山はそわそわと落ち着きのない木野宮の帽子の上に付いているリボンを触って時間を潰す。
生き物のようにピョコピョコと普段から動いているこのリボンは、キュッと摘むと息を止めているかのようにプルプル震えて次第に止まる。その後手を離せば、また時折ピョコピョコと動く。
なんだろう。なんで動くんだろうこれ。
出会ってから今まで唯一解決できていない難問を今日も直視しながら、宮山はリボンをまた摘んだ。
木野宮は気にもせずにまだかな、まだかなと繰り返している…のを見ていると、ふと言い争いのような声が前から聞こえてきた。
「貴重な休日使って来るのが教会!? しかも今人気の!? ばっかじゃないの!またツイッターで"無能探偵発見w"ってツイートされちゃうじゃない!!」
「まあまあ、君は無能なんかじゃないよ。言わせておけばいいさ。それにここ、ヒーリング効果バッチリって噂だよ? 今の君には丁度いいと思うなあ」
「ヒーリング効果なら丁度今日家で引きこもってラーメン食べながら映画観ようとしてたっての!急に用事がっていうから仕事かと思ったのに、ふざけてんの!? 煽ってんの!?」
「ピリピリし過ぎだよ、綾ちゃん」
「綾ちゃんって呼ぶな!!今此処で葬り去ってやる!!!!」
見れば見るほど、よく知っている人物だ。宮間はギャーギャーと騒ぎ立てているいい大人二人を一瞥して、少し迷ってから声を掛けた。
「あの、こんにちは」
「はぁ!?」
「ん?」
各々振り返りながら、宮山を見て、その後視線を下げ木野宮を確認する。目が合ってから木野宮は「あー!?」と声を上げたが、むしろ今まで気付いていなかったのかと肩を竦めた。
「お久しぶりです」
「嗚呼、木野宮さんと、その助手の―――」
「名乗り遅れました。宮山です。以後お見知り置きを」
「有難う。俺も今更だけど、壱川と申します。こっちはまあ、紹介しなくても知ってるかもしれないけど」
「"無能探偵"の水守です、ドーモ」
「まあまあ、そう拗ねないで」
「拗ねてないけど!?」
こっちはこっちで騒がしい人たちだ。あの事件現場で感じた空気は、今此処には一寸たりともない。
思いながら宮山は木野宮のリボンを触る手を止めた。ピョコピョコと耳のように動く不思議なリボンはそれと同時にまた揺れ動く。
「お二人も教会に?」
「嗚呼、ちょっとね。今日はオフだから遊びに来ただけだよ。そっちは?」
「私たちは遊びじゃないよ!本気で誓いに来たんだよ!」
「……遊びに来ました。ていうか連れてこられました」
「なるほどねぇ」
ニコニコと笑う男の顔を見ながら、宮山は列が進んだことを促した。壱川と名乗った男は受付の紙にサラサラと名前や電話番号を書いて、それからまた此方に振り返る。
「この感じだと、教会見学も一緒かな。また後で会おう。ね、綾」
「好きにすればとしか言いようがないけど、またね」
言ってから二人は屋台のある方へと歩いて行った。順番が回ってきたので、宮山もペンを取り名前や電話番号を書き記す。
渡された用紙には、十三時半から、と書かれていた。木野宮が急かすようなことばかり言うので、此方も屋台に向かう事にする。

よく晴れた日曜日だ。太陽は煌々と、まだステンドグラスを輝かせている。




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「やっぱり同じ回だったか」
言いながら壱川は、相変わらずニコニコしていた。隣の女性、水守は先程よりマシになっているもののやはりまだ少し機嫌が悪そうに見える。
十三時半から、と書かれた紙をヒラヒラと見せながら、壱川は教会の前で宮山・木野宮と集合がかかるのを待っていた。
「ステンドグラス楽しみだね」
「どうでもいい」
「言いながら、見たら見たで喜ぶ癖に」
「うるさいなー、そりゃ見たら普通に感激することもあるわよ」
「お二人は仲良しなんですね」
「はぁ? 全然? ただの仕事仲間」
「らしいよ」
壱川は何を言われても変わらず笑顔だ。少し胡散臭いな、と思いながらもそうですか、と返す。
季節の割には陽射しで暖かい。ずっとこの場所で、本を読んだり昼寝をしていたらとんでもなく気持ちがいいだろう。走り回る木野宮を横目に見ながら、宮山はふと微睡んだ。
「あ"ーーー!!!!」
のも束の間。一瞬で現実に引き戻される。聞き覚えのない声が大きく張り上がって、ゆっくりと時間の流れる空間を引き裂いた。
その場にいる誰もがその大声の方を見る。そこに立っている少年だか少女だかわからない人間は、わなわなと震えて此方を指差していた。
正確には宮山の方であり、宮山を指しているわけではない。
お?と言いながら首を傾げた壱川と、その隣にいた水守がそちらを見て更に声を上げる。
「あーーーッ!? ちょっと!!あれ!アイツ!!」
「うーん……そうだね」
「はぁ!? 何がそうだね、よ!仕事しなさいよ!!あのチビ捕まえるのが仕事でしょ!」
「おい誰がチビだ無能探偵!お前と大して変わんねえよ!」
「変わるっつーの!この前の恨み晴らしてやる!!」
水守と言い争いを始めた見知らぬ人間もまた声を荒げて応戦する。迷ったように顎に手を当てて悩む壱川を置き去りにして、二人が臨戦態勢に入った。
これまた知り合いなのだろうか。思っていると後ろから更に少年だか少女だかわからない人間がソフトクリームを片手に小走りしてきた。
「宵一さーん!ソフトクリーム買っちゃっ……えぇ!?えぇー!?」
ソフトクリームを持ったその人影は今にも爆発しそうな空間を見て驚き、オロオロしている。そして壱川を見つけて「あー!」と同じく声を上げたが、どうしていいのかわからないようだ。「宵一さんやめてよー!」と肩を掴んで宥めようと必死になっている。
なんだろう、この地獄絵図は。
木野宮は隣でソフトクリームいいなーとよだれを垂らしている。宮山ももうどうでもよくなって、その場で煙草に火を点けた。
「折角遊びに来たのにやめようよー!」
「はあー!? アホかお前!呑気に遊んでる場合か!」
「いやいや、その子に賛成だなあ俺。折角の晴れた日曜日にいがみ合ってもねえ?」
「はあ!? どっちの味方すんのよアンタは!!職務放棄反対!!」
ええー、と壱川は変わらずニコニコ。犬のように唸る謎の人物ーー東雲宵一と、それを止めようとするソフトクリームを持った誰か。そしてそれに応戦するように不機嫌を全開にしている水守。
当分その絵面が続いて、煙草の火がノドまで来た頃。間違いなくカオスなこの空間に、一筋の光が差した。
「あのー……」
「何!?」
「なんだよ!!」
勢いのままに振り返った二人はギョッとする。そこにいたのは、この場の誰もが知らない少女だ。
顔立ちの整った、少し背の低い少女。
彼女は凄まれても怯むことなく、輝かしい笑顔で言った。
「十三時半からの回の方達ですよね? 私もなので、入れてもらってもいいですか?」
彼女はヒラリと自分の持つ整理券を見せる。
殆ど同時に、教会の外で十三時半からのお客様、という呼び声がした。
全員が互いを見合う。仕方ないかと肩を落として集合する。
しかし此処にいる人間の大半が、この後のことを予測していなかった。この晴れた日曜が、今後の事件と繋がる引き金になるということを―――

たった一人の少女を除いて、誰もまだ知り得ない。